大判例

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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)5340号 判決

原告

光興産株式会社

右代表者

辻正

原告

山田哲男

右両名訴訟代理人

高木新二郎

外二名

被告

松戸市

右代表者市長

宮間満寿雄

右訴訟代理人

清水昌三

松本泰次

被告

千葉県

右代表者知事

川上紀一

右指定代理人

飯塚義郎

外二名

被告

丸福興業株式会社

右代表者

渡辺福太郎

右訴訟代理人

清水昌三

被告

三橋一夫

右訴訟代理人

小林伴培

主文

原告らに対し、それぞれ、被告松戸市は一一八万七、三七八円、同千葉県は二七万五、七八七円、同丸福興業株式会社は七九万四、六一六円、同三橋一夫は八六万七、七六一円及びこれに対する被告松戸市、同丸福興業株式会社、同三橋については昭和五二年七月二日から被告千葉県については同月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らに対し、それぞれ、被告松戸市は一三一万九三五三円、同千葉県は三〇万六四四〇円、同丸福興業株式会社(以下「丸福興業」という。)は八八万二九三七円、同三橋一夫は九六万四二一二円及び右各金員に対する昭和四九年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  配当金の交付

(一) 被告丸福興業は訴外原田泰を債務者として、同人所有の別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について、千葉地方裁判所松戸支部に対し不動産強制競売の申立をなし、千葉地方法務局松戸支局昭和四七年六月六日受付第二〇四五六号を以て強制競売申立登記がされた。

(二) 原告両名は右競売期日に本件各不動産を代金合計七〇一万円で競落し、昭和四七年一〇月二七日競落許可決定がなされ、原告両名は右競落代金七〇一万円及び遅延損害金五万〇〇四二円、合計七〇六万〇〇四二円の半額金三五三万〇〇二一円をそれぞれ同裁判所に納付したので、本件各不動産について持分各二分の一の所有権を取得した。

(三) 同裁判所は昭和四八年二月一六日右売得金のうちから、配当金として、被告松戸市に対し二六三万八七〇六円、同千葉県に対し六一万二八八〇円、同丸福興業に対し一七六万五八七五円、同三橋に対し一九二万八四二五円を各交付した。

2  所有権喪失

(一) ところで、本件不動産には、本件強制競売申立登記に先立つ昭和三五年二月二九日、原田泰の前所有者である訴外川上作衛から訴外岩崎実に対し農地法第五条の許可を条件として譲渡され、右岩崎を権利者とする千葉地方法務局松戸支局同日受付第一五〇九号を以て条件付所有権移転の仮登記が存在していたところ、右条件付所有権は同年五月一三日右岩崎から訴外蒋鳳英に譲渡され、右仮登記につき同支局同日受付第三八七九号を以て右蒋を権利者とする付記登記がなされた。

(二) そこで、右蒋鳳英は本件不動産の地目が農地から宅地に変更されたことにより条件が成就したと主張して、先ず原田泰及び川上作衛を相手取り千葉地方裁判所松戸支部に川上に対しては右仮登記の本登記手続を、原田に対しては右承諾の意思表示を求める各請求をなし、昭和四九年二月四日同裁判所にてこれを認容する判決が言渡され、次いで原告両名を相手取り同裁判所に右仮登記の本登記手続をなすことに承諾を求める旨を請求し、昭和五〇年三月三日同裁判所でこれを認容する判決が言渡され、右両判決は確定し、昭和五〇年一二月二日右蒋のための所有権移転登記がなされ、この結果原告両名は本件各不動産の所有権を喪失した。

3  解除

そこで、原告両名は、原田泰こと野口泰(野口は、かつて原田典子との婚姻により妻の氏を名乗つていたが、同四九年二月一一日離婚により旧氏に復して野口泰となつた。)に対し、昭和五二年四月二二日書面を以て前記の理由で所有権を失つたので本件不動産の競売を解除する旨の意思表示をしたが、右野口泰は行方不明で右書面が到達不能となつたため、原告両名は、松戸簡易裁判所に対し公示の方法による意思表示の申立をなし、解除の意思表示は公示の方法により昭和五二年五月三一日右野口に到達したものと看做された。

4  債務者の無資力

(一) 野口泰は、亡父野口元作の死亡により金三〇万円を相続し、不在者である右野口の財産管理人である松崎平がこれを保管していたので、野口が松崎に対して有する右金員の引渡請求権を差押え、昭和五三年八月一二日右松崎から各金一五万円あて支払を受けた。

(二) 野口泰は左の(1)(2)(3)の不動産を所有していたので、原告両名はその強制競売申立をなしたところ、左の(1)の不動産のみが代金九八万二〇〇〇円で競落され、昭和五四年六月一二日配当金として各金二五万四四七九円の交付を受けた。

((1)ないし(3)省略)

なお、右(2)(3)の各不動産は、公衆用道路として使用されており、換価の余地がなく、今後も競落の見込がない。

(三) 野口泰は、他に資産を有しない。

5  被告らの責任

(一) 民法五六八条二項に基づく責任

前記のとおり野口泰は無資力であるから、本件競落代金から配当を受けた被告らは、民法五六八条二項により、同人らが受領した配当金を返還する義務がある。

(二) 民法七〇三条に基づく責任(予備的主張)

仮りに被告らに前記(一)に基づく責任が認められないとしても、被告らは原告両名の損失において利益を得たのであるから、前記配当金は不当利得であり、これを返還する義務がある。

6  充当

なお、原告両名は、前記4(一)(二)により各受領した金員を、配当金元本に対する遅延損害金の起算日である昭和四八年二月一六日から同四九年一一月七日までの年五分の割合による遅延損害金に充当した。

7  よつて、原告両名は、被告らに対し、民法五六八条二項(予備的に民法七〇三条)に基づき、請求の趣旨記載の配当金の返還及び右金員に対する昭和四九年一一月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告松戸市、同丸福興業)

1  請求原因1の事実について、被告丸福興業が訴外原田泰所有の本件不動産につき千葉地方裁判所松戸支部に不動産強制競売を申立てたこと、主張のとおり被告らが配当金の交付を受けたことは認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実について主張の各登記が経由されていることは認めるが、その余は知らない。

3  同3の事実については知らない。

4  同4の事実のうち、遺産分割協議の結果、遺産のうち不動産は全部訴外野口茂が相続し、野口泰の取得分は金三〇万円ときめられたことは認めるが、その余は知らない。

5  同5、同6はいずれも争う。

なお、原告らは昭和四九年一一月八日以降の遅延損害金の支払を請求し、その前提として、被告らの配当金返還債務が同四八年一二月一六日に履行期にあると主張する。仮りに、右債務が存在するとしても、競売事件の債権者の民法五六八条二項に基づく債務は期限の定めのない債務と解すべきであるところ、原告ら主張の昭和四八年二月一六日は被告らが配当金の交付を受けた日であるから、右日時が遅延損害金の起算日となるものではない。

(被告千葉県)

1  請求原因1の事実について、訴外原田泰所有の本件各不動産につき不動産強制競売があり、主張のとおり被告が配当金の交付を受けたことは認めるが、その余は知らない。

2  同2の事実について、主張の各登記が経由されていること、千葉地方裁判所松戸支部において原告ら敗訴の判決があつたことは認めるが、その余は知らない。

3  同3の事実については知らない。

4  同4の事実のうち、遺産分割協議の結果、遺産のうち不動産は全部野口茂が相続し、野口泰の取得分は金三〇万円ときめられたことは認めるがその余は知らない。同(二)の事実のうち、松戸市久保平賀字下宿二八六番地四雑種地及び同所二八六番地五雑種地の各不動産が競落の見込がないとの点は否認する。

5  同5、同6はいずれも争う。

遅延損害金の起算日については、被告松戸市、同丸福興業の主張と同じ。

三  被告ら(被告三橋を除く)の主張信義則違反について

1  債務者野口泰の資産の現存

(一) 野口泰の父野口元作らは左の不動産を所有していた。

((1)ないし(21)省略)

評価計  金一三一一万七八〇〇円

(二) 野口元作は昭和四九年一一月三〇日死亡し、野口てる(配偶者)、野口茂(二男)、野口泰(三男)が共同相続人となり、右三名の各法定相続分は三分の一あてであり、その評価は金四三七万二六〇〇円である。

(三) 原告らが本件不動産の所有権を失つたのは昭和五〇年三月三日言渡された敗訴判決の確定した同月二〇日であるが、その頃野口泰の前記相続分は現存していた。

(四) なお、その後の昭和五一年二月一〇日、千葉家庭裁判所一宮支部において、不在者野口泰の財産管理人として松崎平を選任する旨の審判があり、同日遺産に属する不動産全部を野口茂に相続させ、野口泰の取得分を金三〇万円とする旨の遺産分割協議をすることを許可する旨の審判がなされた。

2  権利行使の懈怠

以上のとおり、前記審判がなされた昭和五一年二月一〇日までは野口泰の資産として金四三七万円相当が現存していたのであるから、原告は、前記判決が確定した同五〇年三月二〇日以降速やかに民法五六八条一項に従い、第一次の責任を有する債務者たる右野口を相手取り本件競売を解除し、同人に対し競売代金の返還請求をなすべきであつたにも拘わらず、これを怠り、右判決の確定した日から二年以上徒過した同五二年四月二二日に至りようやく右権利の行使に及んでいる。

原告らの右権利の行使に右の遅滞がなかつたならば、野口泰が不在者であることを知り得たし、同人の資産を保全し原告らの権利の実現を容易になしえたというべきである。

3  信義則違反

本件不動産の所有権喪失につき第二次的責任者たる被告らに対する本訴請求は、前記のとおり、第一次の責任者である野口泰に対する原告らの権利の行使に著しい遅滞があつたことによるものであり、被告らに対するかかる権利の行使は信義誠実の原則に照らして許されない。

四  抗弁に対する認否

1の事実について、(一)の不動産の評価及び(二)の相続分の評価の点は否認するが、その余は認める。同2、3は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、同2及び同3の各事実は、〈証拠〉により、これを認めることができる(もつとも、被告丸福興業が原田泰所有の本件不動産について千葉地方裁判所松戸支部に不動産強制競売を申立てたこと、原告ら主張のとおり被告らが配当金の交付を受けたこと、本件不動産には原告らの主張のとおり登記がなされていることについては、当事者間に争いがなく、蒋と原告らとの間において原告らの主張のとおり原告らの敗訴の判決があつたことについては、原告らと被告千葉県との間において争いがない。)。

二請求原因4の野口泰が本件口頭弁論終結時において無資力であることは、〈証拠〉により、これを認めることができる(民法五六八条二項により、代金の配当を受けた債権者に対し担保責任を追求するための要件である「債務者の無資力」は、必ずしも競落人が契約(強制競売)を解除した時点や競落人が競落不動産を追奪された時点で判断しなければならないものではなく、競落人が債務者に対して契約の解除をしたことを前提として、代金の配当を受けた債権者に対し代金の返還を求めた時点において債務者の無資力を証明することできれば足りるものと解すべきである。)。

三次に、抗弁について考える。

〈証拠〉によると、被告ら主張のとおり、野口泰は松戸市所在の三筆の土地を所有し、また右野口の父元作の遺産として千葉県長生郡睦沢村妙楽寺字堂下五三三の一所在畑七二平方メートル外二〇筆の土地があつたことが認められるが、一方、原告らが本件不動産の所有権を競落により取得できないことが確定した昭和五〇年三月二〇日当時は野口泰の所在は不明であり、昭和五一年二月一〇日に右遺産の不動産は全部野口茂が相続する旨の遺産分割協議が成立しており、漸く昭和五二年五月三一日に公示の方法により野口泰に対し契約解除の意思表示が到達したものと看做され、そして同年六月一〇日本訴請求に及んでいることが認められる。

前述のとおり、債務者が無資力かどうかを判定するのは競落人が債権者に対し代金の返還を請求したときであり、後述のとおり右請求は本件では本訴請求をもつてなされているので、この請求時において債務者である野口泰は無資力と認められるところ、野口泰が無資力となるまで原告らが担保責任の追求を怠つていたと認めるに足りる証拠は存在しないから、被告らの主張する信義則違反の抗弁は失当である。

四以上の次第であるので、原告らは代金の配当を受けた被告らに対してその代金の返還を請求することができる。

ところで、原告らは、本件競売において各三五三万〇〇二一円納付したところ、昭和五三年八月一二日と同五四年六月一二日とに野口泰からそれぞれ一五万円と二五万四四七九円との合計四〇万四四七九円の返済を受けたことが認められる。

原告らは、訴外野口泰からの一部返済金を競落代金三五三万〇〇二一円に対する納付の日の後である昭和四八年二月一六日から昭和四九年一一月七日までの年五パーセントの割合による損害金に充当したとして残代金の返還を請求しているが、民法五六八条二項に基づく代金返還債務は後述のとおり期限の定めのない債務で遅延損害金は発生していないと認められるので、原告らの右損害金への充当は失当である。

よつて、原告らの請求しうる額はそれぞれ右の金三五三万〇〇二一円から金四〇万四四七九円を控除した金三一二万五五四二円を限度とするところ、被告らに対する本訴請求額は各原告につき合計三四七万二九四二円であるから、その差額三四万七四〇〇円については、これを被告らの配当代金額に応じて按分して控除しこの金額を超える部分については原告らの請求は失当である(按分額は、被告松戸市は一三万一、九七五円、同千葉県は三万〇六五三円、同丸福興業は八万八、三二一円、同三橋は九万六四五一円)。

五なお、競売事件の債権者の民法五六八条二項に基づく代金返還債務は、期限の定めのない債務と解せられ(大判大正一二年五月二三日民集二巻三一六頁参照)、被告らは本訴の提起を以てその請求を受けたものであり、被告らに対する本件訴状の送達の翌日が被告松戸市、同丸福興業、同三橋については昭和五二年七月二日、被告千葉県については同月五日であることが本件記録上明らかであるから、被告らは右期日以降前記認定の代金返還債務の履行遅滞に陥つているものである。

六以上によれば、民法五六八条二項、五六一条により、原告らに対し、被告松戸市は金一一八万七、三七八円、同千葉県は金二七万五、七八七円、同丸福興業は金七九万四、六一六円、同三橋は金八六万七、七六一円及び右各金員に対する被告松戸市、同丸福興業、同三橋については昭和五二年七月二日から、被告千葉県については同月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。(なお、原告らは予備的請求として不当利得の返還を求めているが、民法五六八条の規定は、不当利得についての特則と考えられるので、本件のような強制競売の担保責任について民法七〇三条以下の不当利得返還請求は認めることができないものと考える。)。

本訴請求は、被告らに対し右金員の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、右を超える部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(山田二郎)

物件目録〈省略〉

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